ってすごいよね

「ん?」
「わたしだったら忍足と絶対あんな風に普通にしゃべれないし。てゆーか、そもそも何話していいかわかんないからすぐ会話終了しそう」
「そうかな? 意外とノリいいから、なんの話でもわりと続くんだよね」
「だって、それはさ——」

 いつ頃からだっただろうか。
 友達の友達くらいのあんまりよく知らない子からも「さんって忍足くんと付き合ってるの?」なんて訊かれるようになったのは。
 いつ頃からだっただろうか。

「まさか」

 と答えるくせにほんとは心のどこかで得意げになっていたのは。

「でも忍足絶対に気あるよね」

 なんて言われて浮かれていたのは。

◇◆◇

「最近よう訊かれんねん。『さんと付き合うてるんですか』って」
「わたしも訊かれる。好きだよね、みんなそういう話」

 短い休み時間。騒がしい教室。前後の席になってから早一カ月はたった。前に座る忍足が自分の机から教科書やノートを準備するついでに話かけてくるのにももう慣れた。

「自分そういう話あんませぇへんな、女の子やのに。興味なしか」
「誰と誰が付き合ってる〜とかのゴシップ系には興味ないかな」

 次の授業の準備で忙しいですよという風にあえて適当に相槌を打つ。じゃないと口元が緩んだ変な顔になりそうで恥ずかしい。

 いままであえて触れないようにしていた話題を忍足からわざわざ持ち出してきたのだ。期待を抱くなという方が無理である。

 意図せず上目遣いで忍足を見つめるとパチリと目が合った。それだけで好きだって気持ちが溢れそうになる。確かにもう押しとどめるにも限界がきていた。

 忍足の気持ちを確かめたくて、でも怖くて、何も言えないでいるわたしとそれをじっと見つめ返す忍足。教室にいるのに周りの喧騒がすっと遠ざかって二人だけの世界みたいだなんて自分に都合のいい妄想だろうか。

「俺らお似合いみたいやし、ほんまに付き合うてみるか?」

 普段なら聞き返してしまいそうなほど聞き取りにくい忍足の低くて小さい声は不思議なくらいクリアにちゃんとわたしの耳に届いた。そして届いた瞬間、体中の熱が頬に集まるのがわかった。うれしい。うれしくて死んじゃいそう!

 なのに、すぐに「うん」と返事をしかけたわたしのとなりで、クラスメイトが「え? なに? おまえら付き合うの?」と止める間なく大きな声で騒いだ。そのせいで教室中の視線が一気にわたしたちに集まった。そりゃあ教室でこんな話をする方が悪いけど、ちょっとはわきまえてほしい。どうしていいのかわからずすがるような思いで忍足の様子を盗み見ると、はぁとこれ見よがしなため息をこぼして心底めんどくさそうな顔をしていた。

「あほか。冗談やん。本気の告白やったらこんな大勢人がおる教室でするわけないやろ。鈴木はムードっちゅうもんをわかってへんな」

 そんなんやからモテへんのちゃう? と揶揄うと他のクラスメイトもそうだそうだと忍足に加勢する。すっかり自分は蚊帳の外。

 そうしているうちにチャイムが鳴った。

 起立令着席。え〜今日は教科書三十八ページ……。言われたとおり教科書をめくり、ノートを開く。意図せずポタッとそこに雫が落ちた。

 冗談やん、だって。勝手に盛り上がってた自分が心底恥ずかしい。恥ずかしくて惨めで、だからそう勘違いさせた忍足が憎らしくなった。八つ当たりだってわかってる。でも、だったらそんな勘違いさせるような行動はじめからやめてほしかった。どうでもいい先生のくせの話とか、学食の献立のあり得なさとか、嘘みたいなテニス部の話とか、それから……それから……、そんな日常のたわいのないあれこれをわざわざ授業が終わるたび振り向いて聞かせるなよ! 自分がモテるって自覚があるならそれくらい当然すべきなのである。散々上げてから落とすなんて悪魔ですか!

 授業が終わって「なんかご機嫌斜めやな」と訊かれてもそっぽを向いて無視をした。怒ってるフリをしたのだ。そうじゃないと惨めに泣いてしまいそうだったから。でもこれは忍足を悪者にしないためでもあるから感謝してほしいくらいである。

 次の日席替えがあって、わたしは二列目の四番目で忍足は六列目の2番目。自然と話さなくなって、気がついたらもうどうやって話しかけたらいいのかすらわからなくなってしまっていた。

 今度は「忍足くんと別れたんですか?」と聞かれるようになって、もう面倒だから「うん」となげやりに答えていると、みんなの間では彼氏になったことない忍足がわたしの元彼ということになっていた。

◇◆◇

「なんでスタバに来て普通のコーヒー頼むの? 意味わかんない」
「いや、スタバは普通にコーヒーショップやねんからコーヒー頼んであかんことないやろ。それに俺もたまにチャイとかコーヒー以外のもんも頼むで」
「チャイって意識高いOLかっ!」

 くだらないことを言い合いながら店内を見渡して席を探す。あいにく向かい合わせのテーブル席は空いてなさそうだ。ちょっとほっとした。

 放課後の昇降口で「テスト勉強しとるか?」と声をかけられて、「……全然」と応えたら、「せやったらこれから一緒にせえへん?」と誘われたから今ここにいる。断ろうと思えば断れたと思うけど、なぜかわたしは結局忍足と一緒にスタバのカウンター席で側から見れば仲良く肩を並べて教科書やノートを広げていた。

 気まずいのはわたしだけなのだろうか? そんな気持ちをなんとか悟られないようにクリームがたっぷり乗ったキャラメルラテに口をつけると思った以上に熱くて「アツッ」と無防備な声がもれた。そんなわたしを見て「相変わらず猫舌やなぁ」と忍足は目を細める。その余裕が憎らしい。相変わらずおモテになるようですね? 先週ミス氷帝に告られたともっぱらの噂ですよ。

「なんや久しぶりやな。とこうやってしゃべるん」
「……そうだね」
「前の席のときはようしゃべっとったんにな」
「そうだっけ?」
「そうやん。もう忘れたんか? 薄情やな。俺ら付きおうてるって噂にもなっとったやん」

 そうだっけ? とノートに向き合ったまま返した。

 スラスラとよどみなく解ける化学式。わざと「教えて」と媚を売れるほど器用じゃない。

 結局はテスト勉強ばかりがはかどり、気づけばキャラメルラテもがぶ飲みできるくらい冷めきっていた。

「用事あるからわたしこっち行くね」

 木枯らしがふく店先で嘘をついてわかれた。本来なら駅まで一緒に歩くのが自然だろうがもう無理だ。一分一秒でも早くこの場から立ち去りたかった。

 足早に駅とは反対方向に足を進める。ずんずんと何かに対して怒っているように。でも、どんどん寂しくなってたまらず後ろを振り返った。わかっていたけど、そこには雑踏にまぎれて遠ざかる忍足の姿があって、それを眺めていたら余計寂しさが募り口がへの字に曲がっていく。

 あぁあ、何やってるんだろう。せっかく久しぶりに話せたのに。全然上手く話せなかった。違う。上手く話しすぎた。なんでもないただの友達みたいに。以前のように。全然忘れられていない証拠のように。

 こんなんだったら、あのとき告白してくれたサッカー部の男子や生徒会役員の先輩や塾で一緒の他校生と付き合っちゃえばよかった。こんなんだったら——

 「付きおうてみるか?」って揶揄われたとき、周りなんか気にせずに「うん」って応えて、そこできれいさっぱりフられればよかった。それならこんなに未練がましくならなかったかもしれないのに。

 きっと忍足はこのまま医学部に現役で合格してその後も順風満帆、末は教授の娘とでも結婚するのだろう。あぁあ、わたし、結婚式には呼んでもらえるかな? もらえないよね。もらわなくていいや。到底お祝いする気にはなれないから。

 馬鹿みたいな妄想だと思いながらも意外といい線いってるんじゃないかなと思えて泣けてくる。

 涙をこぼす前に帰ろう。泣くなら自分のベッドがいい。ゴシっと乱暴に目元を拭って歩き出す。なのに、歩き出したとたんに腕を後ろから掴まれて驚いた。

「っへ、え?」
「そんなふらふら歩いとったらあぶないで」

 なんで、と小さくつぶやくのが精一杯だった。それこそ目の前で泣いてしまったら、友達というポジションまで失ってしまうじゃないか。そんなポジション心底いらないくせにしがみついてる自分が情けない。

 あのとき「冗談やん」と言われたとき以上に心が痛むことなんてもうないと思っていたのに。

「すまん。ほんまに。せやから泣かんで」
「な、泣いてない」
「よくそんなみえみえの嘘つけるなあ」
「これは目にゴミが入って……」
「ほんならよぉ見せてみぃ。取ったるわ」

 いいよ、いいから、とやっていたら周りから邪魔がられ、しかたなく道方による。向き合うかたちで立ち止まり、もう逃げ場がなかった。

「俺かてあんな風に言うつもりなかったんやで。せやのに自分が……」

 一体全体わたしがなにをしたというのだ。あのときわたしはただ忍足を見つめただけだ。なにもしてなければ、なにも言っていない。抗議の視線を送れば忍足が困ったようように眉尻を下げて返してきた。

「すまん。ちゃうな。俺が悪い。せやけど、あんな目ぇで見つめられたら我慢できるもんもできへんで」

 今もや、と耳元で囁かれた。気がつけばわたしの体はすっぽりと忍足の腕の中に収まっていた。

「また計画がパーや」
「……計画?」
「今日はあくまでも仲直りするだけで、本番は誰もおらん夕暮れの教室とか、星がぎょうさん見える丘とか、波の音が聞こえる桟橋とかもっとちゃんとロマンチックな場所でふたりっきりでって考えてたんやけど自分相手やとやっぱりうまくいかへんな」
「本番って……」
「わかるやろ。冗談ちゃうで。前のも今のも。いつもの俺ならもっと冷静にふるまえるのにそれができひんくらい自分のこと好きやねん」

 冗談じゃなかったの? あの行き当たりばったりみたいな告白が忍足の本音? もしかして「冗談やん」と言ったのは注目が集まって困っていたわたしのため? いろんな疑問が弾け飛ぶみたいに一気に交錯する。そして、それはやがて一つの答えにつながった。わたしの早とちりだったのだ。

 こんな街中でひとも見てるのに、抱きしめられて、恥ずかしいし嫌なはずなのにもうどうでもよかった。

 誰になにを言われても見られても関係ない。「わたしも好き」という想いがまっすぐ忍足に届けばそれでいい。

 ただ、わたしがなにも返事をしていないうちからすでに告白が成功したみたいな満足しきった顔をしているのは少々腑に落ちない。

 なんでいつもわたしの気持ちがバレバレなのか忍足に確かめねばである。

おまけ

「自分俺と別れたって噂になったあと告られとったやろ?」
「……忍足だってミス氷帝に告白されたんじゃないの?」
「なんや知っとったんか。油断も隙もあらへんな」
「……みんな噂好きだから」
「まぁそんな不安そうな顔せんといて。断ったに決まっとるやん。こう見えても一途やねんで。好きな子おるのに他に目移りなんかするわけないやろ」