※会話が下品&結構不健全
※財前は白石と、ヒロインは謙也と同じ高校という設定
※財前に口汚く罵られます。心臓の弱い方はブラウザバック推薦

 学校の帰りに幼馴染の光の家に寄った。
光の部屋は相変わらず物が多くて、乱雑だ。床には棚にしまいきれない雑誌や漫画が平積みになり、ベットには学生服の上着がそのまま脱ぎ捨てられていた。
カーテンは閉まりきっていて、まだ外は陽があるというのに、部屋は薄暗くて埃っぽい。
昔はこんな感じではなかった。勉強机はもっと片付いていて教科書がきちんと並んでいたし、ベッドカバーは子供に人気のキャラクター柄だった。今やこの部屋にその面影はほぼない。
そういえば、その頃たまに一緒に忍び込んだ光のお兄さんの部屋に今の部屋はよく似ている気がする。
 光はそんな部屋の隅で大きなヘッドフォンを耳に装着して、脚を投げ出した状態で座っていた。
ドアを二回ノックして、返事の間も開けずにズカズカ入ってきた私に予想通り顔をしかめる彼を無視して、CDラックを勝手に物色してると、後ろからお尻を蹴られた。

「痛い」
「汚ったないパンツ見えてんねん」
「汚ないわ。それよりこないだ貸して言うたCDどこ?」
「あぁ、そういえばクラスの女子に貸したまんまや」

 なんやそれ。
クラスの女子とかと物貸し借りするとかまったくもって光らしくない。
愛想なくてやる気なくて他人に興味ない。ないない尽くしなのが私の知ってる財前光だ。
 まだよちよち歩きの頃からずっと一緒だった幼馴染の光。証拠写真だって家の押入れの奥にしまってあるアルバムにいっぱい残ってる。砂遊びしている写真、お昼寝してる写真、全裸でビニルプールで遊んでる写真。そんなものまである。

 だから他人の中で、私は誰よりも彼のことを知ってると思っていた。
そしてその逆もまた然り。
しかし、その関係が少しずつ崩れ始めていることに私が気づいたときは、もう手遅れだった。
 きっかけは別々の高校に行ったからだろうか。それとももっと前からだろうか。正直わからない。
知らぬ間にけれど確実に、彼は私に対して素っ気なくなり、最近ではもう目もきちんと合わせてくれなくなった。
私はそれがなんだかとても悔しい。

「……ふーん。こないだ駅で一緒におった子?」
「なんやお前、ストーカーか。キんモっ」
「たまたま見かけただけや。自意識過剰ちゃう? そやけど光、新しい学校でえらいモテてるらしいやん。白石先輩が言うっとったわ」
「……なんでお前白石部長としゃべっとんねん」
「私が誰としゃべろうが光には関係ないやろ。つか、今までに女なんか興味ありませーんってクールにカッコつけてたんに急にどないしたん? 欲求不満? キんモっ」
「お前かて、よく知りもせん男に告られて浮かれとったって謙也サンが言うとったわ、クソビッチ。その歳でガバガバとか終わっとんな」
「誰がクソビッチや! ガバガバちゃうわ! 早漏!」
「あ゛あ゛? 誰が早漏や! それ謙也サンやろ」
「知らんわ、そんなん!」
「そんなん言うて謙也サンにも色目使うてるんちゃうん。それとももうシたん? クソビッチ」
「クソビッチ、クソビッチ、クソビッチ、ってそれしか言われへんの? ボキャ貧。早漏。シネ」
「お前がシネ、消えろ。そもそも何勝手に人の部屋入っとんねん、ボケ」
「あーあ、謙也先輩は光と違おて優しかったなぁ」
「あ゛あ゛ん?」
「別にー、おっきな独り言や。ほな、お望み通り消えたるわ! さいなら!」

 手元にあった音楽雑誌を乱暴に床に叩きつけ、わざと光の脚を踏んづけてから部屋を出て行こうとすると、ものすごい力で手首を下に引っ張られ、そのまま体制を崩した。
衝撃が後頭部と背中に走って思わず目を瞑る。

「つーか、消える前にヤらせろや、クソビッチ。男なら誰でもええんがビッチやろ?」

 導火線の短い彼を煽ればどうなるかくらいちょっと考えればわかることだ。なのに今日の私は彼を煽り続けた。
結果がこれだ。どうしようもない。
けれど、本当はこうなることを私は心のどこかで期待していた。

 自分の知らない彼の顔があることが許せなかった。
そして、それを私ではない誰か他の女が見てるのかと思うと頭がおかしくなりそうになる。
 どんなカタチでもいいから光の全部が知りたい。そうじゃなきゃ気が済まない。

だって私は——


◇◆◇


 ほとんどずっと目を瞑っていた。だから肝心の光の顔をあんまり見ていない。
ただ最後に切羽詰まったように乱れた呼吸の合間、無意識に溢されたようなその言葉だけはこの耳ではっきりと拾いとっていた。

「なぁ、さっきのほんま?」
「……あ゛? 何がや」

 ベッドを抜け出し、まだ裸のままの私から目を背け、淡々と脱ぎ散らかした自分の衣服を身につけ始めている光の背中をじっと見つめる。

「“好き”って言うた」
「……言うてへんわ」
「腰、めっちゃ打ちつけながら、“あかん、好きや、出る”って言うた」
「……」
「絶対言った。聞こえた」
「空気読めや。それ聞き流すところやろ」

 チッ、とこれ見よがしな舌打ちが聞こえて、いつもだったらそれを合図に黙る私だけど、今日は黙らない。
今黙ったら、きっと私たちの関係は最悪な形で終わってしまうから。
怖いけど、ちゃんと確かめなきゃいけないと思った。

「なぁ、」
「っ俺は! ……俺は、お前みたいなクソビッチと違うて、好きでもない奴とセックスするほど暇ちゃうねん」

 すでに乱れている髪をさらにぐしゃぐしゃと手で乱しながら、光はぼそっと隙間のない床に吐き捨てた。
私は倦怠感が残る身体をベッドから起こして、彼の程よく筋肉のついた白い背中にそっと手を伸ばす。
肩甲骨あたりに平行に走った赤い跡を見つけて、それを指でなぞれば彼の肩が小さく上下した。
「なんやねん」と恨めしそうに睨まれたけど、私はめげずにそのまま後ろから彼を抱きしめる。

 “好き”。その言葉が何よりも嬉しかった。
心なんかいらないからせめて身体だけでもって思って彼をわざと挑発して誘惑したのに、途中で勝手に虚しくなって苦しくなって目を瞑って痛みにただ耐えていた私に降ってきた予想外の言葉。
 最初自分の頭が苦痛から逃れるために作り出した幻聴かと思ったが、それにしてはやけにクリアな音声だった。
第二次性徴を終えて、すっかり声変わりしたハスキーヴォイス。それが私の鼓膜を確かに揺らし、脳細胞のひとつひとつを痺れさせて跡形もなく焦がし尽くした。

「……私かて好きでもない男に股開くほどアバズレちゃうわ」
「……謙也サンとは?」
「ヤっとらんに決まっとるやろ」
「……俺のこと好きやったらもっと濡れるもんちゃうん?」
「……緊張しててそれどころちゃうかった」
「そんなもんなん?」
「知らん。わからん」
「……もしかしてハジメテ?」
「そんなんも気づけへんとか、自分、どんだけ必死やってん」
「……悪かったな童貞で」
「やろね。全然余裕ないし、ゴムつけんの失敗しとったから、そやろなって途中でわかったわ」
「シネ」

 彼のお腹あたりで組んだ私の手の上に私のそれより一回り大きくて筋張った手が重ねられた。
労わるように撫でられて、涙が出そうになり、慌てて下唇を噛んで塞き止めた。

「……痛かった?」
「股裂けるかと思った」
「……ごめん」
「光が素直に謝るとか、明日槍でも降るんちゃう?」

 彼の肩に顎を乗せて冗談を言えば、またもチッと舌打ちされる。
そんな仕草が子供っぽくてなんだか今は可愛く思えた。可愛い可愛い私だけのひークン。
そういえば、うんと子供の頃は彼をそんな風に呼んでいたなぁ、と久しぶりに思い出して懐かしくなる。
今度、また呼んでみようかな?
彼の心底嫌そうに歪む顔が目に浮かんで、フフフッと笑った。

「なぁ、“好き”って今度はちゃんと私の目え見て言えたら、ご褒美に私、光の彼女になったってもええよ?」

 そんな風に強がると、「お前、ええ加減しろや。まずはお前が俺に“好き”って言え。そしたら付き合うん考えてやってもええわ」と返されて、二人揃って吹き出した。
私も光も大概素直じゃない。でもそれが今は心地良い。