※前半は白石視点、後半は財前視点


「なぁ!」
謙也と教室で話しているとがやってきた。
は隣の席の田中を無理矢理のかし、その席を奪い取る。椅子の背を前にして、脚を広げて座るもんだから、下着が見えそうでヒヤヒヤする。それを指摘すれば、セクハラか!と殴られた。理不尽だ。

「んで、財前となんかあったん?」
「なんで財前のことってわかったん!」
驚いた顔をするを目の前にため息をつく。
「いや、お前が俺らに話しかける理由、ほぼそれやん」
「そっか!そうやねん!財前がなんや最近ご機嫌斜めやねん。もうなんとかしてぇや」
が「もうお手上げやねん」と両手を前に伸ばし俺らの間にある机に上半身を倒す。
「具体的に言うと?」
倒れこんでるの頭に謙也が自分の可笑しな消しゴムを積み始める。彼女の後頭部は本人曰く人類史上稀に見る完璧な絶壁らしく、面白いほど消しゴムの安定感は抜群だった。
「LINEは既読無視やし、学校で会うても素っ気ないし、さっき今日一緒に帰ろう言うたら嫌やって言われてん……」
がジタバタと暴れたため、頭の上の消しゴムがバラバラと床に散らばる。それで初めて悪戯されていたことに気付いたが、拾った消しゴムを謙也の口に無理矢理ねじ込むという仕返しをはじめる。
「そういえば、俺も三日くらい前から財前のヤツ、機嫌悪いなぁ思っててん!俺のLINEも無視したで、アイツ」
謙也がの手を払いのけながら、口に入った消しゴムを取り除こうと苦戦する。まだ何個か入ったまま話すので、聞きづらかった。
「三日前?あぁ、そういえばそれくらいから、おかしかったかもしれん」
「三日前言うたら、休みの日やん。自分らデートとかしてへんかったん?」
「してた」
「なら、そんとき、がなんかやらかしたんちゃう?」
えー……と言いながらが眉間に皺を寄せ、斜め上の方向を睨む。
首を何度も横にひねり、目を瞑って、唸りながら考え混み始める
「……心当たりがありすぎて逆にわからへん」
「……おう」
「基本的に財前が、なんで私のこと好きなんかようわからへんねん、未だに」
「せやけど、告ってきたん財前なんやろ?」
「ウン。けど、「先輩、俺、アンタと付き合ってもええですよ」やで」
「うわぁ……」
思わず謙也が声を漏らす。
「……ちゅーかそれでよう自分、付き合ったな」
「ウン。ほんまは断ろうか思ったんやけど、なんやかんや言うても財前と一緒におるのは楽しいからええかな?って」
なんかちょっと惚気話になってないか。俺は話を本来の方向に軌道修正するために、もう一度にデートの詳細を問う。
「で、結局、三日前はどんなデートだったん?」
「うーん……映画観て、本屋行って、あ、あとレコード屋?にも行ってー」
別に普通の学生デートだ。うん。
「そんで、最後にちょっとカフェ寄って、ほな帰ろうかって……」
「自分ら全然おもんないデートしてんなぁ」
「逆に聞こう、彼女のいない謙也クン。おもしろいデートってなんやねん?」
「うっさい!俺に彼女いるかいないか関係ないやろ!阿呆!」
「んー……でもほんまにそれじゃあ財前が怒ってる理由わからへんなぁ」
「もういっその事、本人に聞けばええんとちゃう?」
謙也は自分が馬鹿にされて嫌になったのか、そろそろ面倒になってきたのか、投げやりになり始める。
「もう聞いたわ!そしたら「別に」やって!もう!全然別にって態度ちゃうから聞いとんのに、ほんまもうお手上げやねん!あーもう、面倒くさなってきた!なんやねん、あの子!女子か!西野カナか!ほんまっ面倒くさい!」
がバシンッと机を叩く。散らばっていた謙也の消しゴムたちが一瞬宙に浮いた。

「……このまま自然消滅とかしたらどないしよう」
小さく小さくが呟いた。
下唇を噛み、俯むいた彼女の前髪がさらりと揺れる。
「大丈夫やって!なぁ?白石!なぁ?」
彼女の本気モードの落ち込みに謙也があせり出す。
うーん、どうしてあげるのが彼女や後輩のためになるのか俺は一生懸命考える。
「その日はもう、カフェ寄って駅かなんかで分かれたん?」
「ううん、いつも家まで送ってくれる。あ、そういえば、その日、いつもは普通に帰るのに、なんや公園寄って帰ろう言い出してん!今、思い出した!」
あっ、謙也と俺の声が重なる。
理由はおそらくソレだ。
「それで?公園行ったん?」
「ううん。蚊いそうやから行きたないって断った」
アッチャー、と謙也も俺も手で目元を覆う。
「何?それがそんなに悪いん?せやけど、絶対まだ夜の公園なんて蚊おるやん!私めっちゃ刺されるタイプやねん。いややん、刺されるの。え、なんで?それがそんなにあかんかったん?」
「いや……夜の公園言うたらなぁ?」「なぁ?」
と謙也と二人で顔を見合わす。こういう話に疎い謙也ですら気付けているというのに、には全くわからいのか、そんな俺らをものすごく睨んでいた。
「なんやねん!もう!」
「夜の公園言うたら…ー」
「夜の公園言うたら、花火やろ!」
「え?」
「え?」
「え!」
微妙にイントネーションの違う「え」が三つ順に発せられる。ちなみに、上から順に、謙也、お前何言ってるん?てツッコミの俺の「え」、次に純粋に何故花火なのかと疑問に思うの「え」、そして最後にドンピシャな正解を言い当てたはずなのに、他の二人の様子にあれ?っとなった謙也の「え」、である。
「ホラ!コンビニとかスーパーで夏休み終わるとよう値引きされて売っとるやん!せやから、財前も実はこっそり買ってて、と一緒にやろうと思ってたんにっちゅー話かと思ったんやけど……違うた?え?やって夏の夜の公園言うたら花火しかないやん!」
なぁ?なぁ?っと必死に賛同を得ようと謙也が俺とを見る。
うーん……謙也、お前、一生彼女できないかもしれない。
「てゆーか、俺も今朝買ってん!ホラ!」
謙也は机の脇のフックにかかってたビニル袋をガサガサ鳴らして花火セットを取り出した。
「……百歩譲って、そうだとして、なんで彼女のおらんお前がソレ買うてん」
「別に彼女おらんくても花火ぐらいするやろ!せっかくやから部活の奴らでやったら、金ちゃんとか喜ぶかと思うてん!」
「まぁ、金ちゃんは喜ぶやろけどなぁ……」
「せやろ!ホラ!やっぱり財前も花火やって!なぁ?」
喜ぶのは金ちゃんだけであって、財前がとしたかったことはおそらく(というか絶対)違うだろうなぁと思う。
「そうなんかなぁ?」
しかしなんだかんだ言っては謙也の花火説を信じ始めてるようだった。藁にも縋る思いなのかもしれない。
「ホラ、コレお前にやるから、な、それで一緒にしよって仲直りしたええやん!な!」
謙也はそう言って、花火セットをに半ば無理矢理渡した。
ホラ!との戸惑う背中を押してドヤ顔だ。俺、めっちゃええことしたわぁと誇らしげである。
まぁ、おそらく財前がしたかったことはこれでできるだろうから、結果オーライっちゃあオーライか、と俺も不安そうに振り向いたに手を振って見送ることにした。


◇◆◇


「ウチの阿呆に阿呆なこと吹き込んだ阿呆はどっちっスか?」
俺は犯人はコイツです、と人差し指で隣の謙也を指す。
「え?なんの話やねん」
次の日の朝、謙也と登校していると下駄箱で朝練終わりのラケットバックを抱えた財前と鉢合わせる。
「まぁ、そやろ思いましたけど。あんまり阿呆なこと教えんでください。あの人、なんやかんや言うて、人の言ってることすぐ真に受ける質なんで」
「なんやねん、ええやん、したかったことはできたやろ?」
「まぁ、できましたけど」
「ホラ!それ全部、俺のおかげやで!」
よかったな、財前。うん、よかった。けど、そうなると今度はが心配だ。
そんなことを二人の後ろで考えていると、丁度正門の方からが登校してくるのが見えた。
も俺たちの存在に気がついたようだ。一瞬固まり、次の瞬間、謙也も驚きのスピードで俺らの前を通り過ぎていった。
ー!お前、なんで下足で廊下走っとるんや!上履きはどないしたんや!」と教師の怒号が遥か向こうから聞こえる。
「え?何あれ?お前ら仲直りしたんちゃうん?」
謙也が意味がわからないというという様子で口を開けてが走り去った方向を見ている。
その隣ではぁ、と財前が大きなため息をついていた。けれどそのあと小さく笑ったことを俺は見逃さなかった。






◇こたえあわせ◇


部活が終わって帰るとき、正門で一人、鞄を抱えている女子生徒がいた。
遠目からでもそれが誰だかわかるほど、俺は自分がこの人のことを好きであることが腹立たしかった。
「……一緒に帰ってもええ?」
「……お好きにドウゾ」
そう言えば、先輩は遠慮がちに数メートル離れて俺の後をついてきた。
会話もなく、黙々と二人歩く。歩いている間に、日が完全に沈み、街灯がチカチカと音を立ててつき始めた。
先輩はおそらく俺が怒っている理由を未だにわかっていないんだろう。けれど、俺が怒っていることは十分すぎるくらい伝わったようで、珍しくしょげた様子だった。
もうそろそろ許してあげてもいいかもしれない、と思う。そもそも別に本気で怒っていたわけではない。ただ、あまりにもなんで呆れただけだ。

「なぁ、」
先輩がおもむろに俺の制服の腰あたりを少し引く。
「公園寄らん?」
気がつけば丁度、あの公園の前だった。
彼女は俯いてしまっているから、俺からは彼女の表情ではなくつむじだけが見える。だからそう言った彼女の真意がわからない。
けれど、もしかして、本当は彼女はもう気づいたのかもしれない。三日もかけて、ようやっと辿りついたんだ。あの日、俺が公園へ行きたいと言った理由に。
「ええですよ」
俺がそう言えば先輩は安心したように、ほぅと胸をなで下ろしていた。


「じゃーん!」
「なんですかソレ?」
彼女は何故か鞄から花火セットを取り出した。
「え?」
「は?」
「え?財前は花火やりたかったんやろ?この前。それなのに蚊がいるからとか言って断ってごめんな。今日は付き合うたるから、もう許して。ね、仲直りしよ」
どうしよう…彼女に俺の本意は全く伝わっていなかった。てゆーか、誰だ、俺が花火やりたがってるなんて阿呆なことを考えたのは。まぁ、おそらく彼女のクラスメイト兼俺の部活の先輩らだろう。死んでまえ、と心の中で金髪二人組を呪う。
「今回は蚊取り線香も、虫除けスプレーも、ムヒも用意してん!完璧やろ!」
しかし、な、な、と俺を説得しようとする先輩があまりにも必死だったので、思わず笑ってしまった。
それにつられて先輩も笑った。
彼女の笑った顔を久しぶりに見た気がする。やっぱりもう許してあげようと思った。


手持ち花火はそれなりに楽しかった。
パチパチと派手な光が色とりどりに散り、先輩と俺を照らした。
彼女が花火を持ちながら、腕を大きく動かし始める。「なぁ、今なんて書いたかわかる?」そして俺にそう聞く。
「……ヒ・カ・ル」
「正解!」
先輩はさっきまでのしょげた様子が嘘だったかのようにはしゃいでる。
くるり、くるり、と周りながら何度も何度も花火で俺の名前を書いていた。
今が暗くてよかったと思う。そもそも暗くないと花火なんかできないんだけど。本当に暗くてよかった。自分のこんな顔、絶対に誰にも見せたくない。俺は暑っ、とこぼして汗を拭う振りをした。


「ほな、締めはコレかな〜」
先輩が今までの手持ち花火の中で一番心許ない細い花火を取り出した。
「どっちが先に落ちるか勝負やで、財前」
結局また今まで通り普通に苗字呼びなのかとちょっとヘコむ。しかしもう彼女にこの手のことを察して欲しいという欲求は持たない方が、自分のためでもあることを俺は認めねばならないのだろう。
「ほな、俺が勝ったら先輩、俺の言うことなんでも聞いてもらいますよ」
「う……なんかその言い方めっちゃ怖い。できれば私にも簡単にできる程度のことにしてな」
「それは俺が決める話や」
「うぅ……私は何にしようかなぁ?明日購買でメロンパンでも奢ってもらおうかなぁ」
そんなことを言い合いながらしゃがみこみ、せーのっでそれぞれ持っている線香花火に火をつけた。
小さな火の玉がこよりの先でふるふると震えながら火花を散らし膨らんでゆく。
それを口を結んで真剣に見つめている先輩とその横顔をずっと見つめている俺。
先輩の言うと通り公園にはまだたくさんの蚊がいた。あの日、なんの対策もせずに公園に入らなくてよかったのかもしれない。
このタイミングが正解だ。俺は確信した。
メロンパンなんかいくらでも奢ってやる。

ぽとり

灯りが一つ落ちた。
「あ、財前の負けやー」
彼女がこちらに嬉々として向いた瞬間に狙いを定め、彼女の唇を自分の唇で塞いだ。

ぽとり

次いで彼女のそれも地面に落ちた。