「ほないくで!」

私の彼氏は面倒くさい。



「…なあ」
「おん…」
「…なあ」
「…何?」
「いや、何?じゃないわ。せんの?」
「する!するけど…ちょ、待てや」
「もう散々待ったやろ。ええ加減足痺れた。崩してもええ?」
「……ドーゾ…」

一体何をやっているかというと、ことの始まりは大体三十分くらいに前に遡る。
今日は久しぶりに謙也のウチにお邪魔していた。
下でお母さんに挨拶した後、二階の彼の部屋に行く。
部屋に入って、しばらくすると謙也が何やらそわそわし始めた。
「どないしたん?トイレ?」
「ちゃうわ!…ちゃうねん…あのさ、…」
「うん?」
縮こまって座っている彼が上目使いで、こっちへ来て欲しいと手招する。
実際部屋には二人っきりなのだからこんなことしなくても誰かに会話を聞かれるはずはないのに、彼は内緒話をするように私の耳に唇を寄せた。
「チューしたい」
何かと思えばそんなことか。
ええよ。と返事をする。
だって私たちは付き合ってもう一ヶ月も経つ。そろそろキスくらい私もしたいなって思っていた。
「ほ、ほなよろしくお願いします」
そう言って彼は真っ赤な顔で私の前に正座をした。
その律儀でこの場にそぐわない態度が彼らしいなと思って笑みが漏れそうになるのを必死に我慢する。
私も彼に倣って足を正して、目を瞑った。


そして冒頭に戻るのである。
かれこれこのやりとりを十数回繰り返している。
正直うんざり。
「なぁ、謙也。もう今日は遅いし、一回仕切り直そうや、な?ちゅうは逃げへんで」
「ちょ、待ち!あと一回!ワンモアチャンス!」
正座のまま頭を下げるもんだから、図らずしも土下座している彼。
なんだか可哀想になってきた。
「…ほな、最後の一回な」
「おん!」
主人の許しを得た忠犬が尻尾を振るのが見えた。
まったくしょうがないなぁ。再び目を瞑り、彼を待つ。
心の中でそっとカウントダウンを開始。

10・9・8
彼が動いた気配。
7・6・5
彼の手が私の肩に触れた。
4・3・2
彼の息遣いが聞こえる。

鼻先が当たった。




何も起こらない。
そっと目を開けると真っ赤な顔で必死に目を瞑ってる彼の顔があともう一歩というところで作動停止していた。
もうここまできたら仕方がない。ヘタレな彼氏のために、ここは彼女の私が一肌脱いでやるか。
未だ動かず停止している彼の襟元をそっと掴んで、私は彼の唇にキスをした。
「な、な、なん…」
「なんでそんなに驚くん?ちゅうしたかったんやろ?」
「そやけど!なんでからするん!」
普通は男がリードするうんぬん、初めてなんだからかんぬん、このあと約小一時間彼からお説教。



ほんと、私の彼氏は面倒くさい。
 

「聞いとるんか!!」
「ふぁい?」(途中から半分寝てました)