※若干不健全

「柳さんって変わんないっスよね」
久しぶりにあった赤也がウーロンハイ片手に、俺の顔をまじまじと見つめて言った。
「弦一郎には負ける」
「まぁ、そうっスけど…柳さんも十分変わってないっス」
「俺はお前も変わっていないと思うぞ。相変わらず元気な髪型だな」
そう言って彼のくるりと自由に跳ねている髪の毛を指摘すれば、柳さんのバカと罵られた。


◇◆◇


「おかえり」
午前零時前に帰宅すれば、エプロンを付けたが台所から顔を出した。
「ごめんね、今お肉触ってて手が離せなくて」
「構わない」
革靴を脱ぎ、鞄とすでに帰り道で脱いでいた背広を置いて洗面所へ向かう。
「何か食べる?」
台所から彼女の声が聞こえた。
「いや、今日は大丈夫だ」
それに手を洗いながら、上体を反らして応える。

食器棚からグラスを一つ取り出し、料理をしている彼女の後ろで冷えた麦茶を飲んだ。
「今日は中高の部活の仲間と飲み会だっけ?」
「あぁ」
「いいね、中学からの友達と縁が切れてないなんて」
彼女はおそらく明日の弁当の下ごしらえをしているのであろう。
ダイニングテーブルには、塩もみされたキュウリと煮込まれた南瓜が並んでいた。
一緒に暮らすようになって、彼女は毎日の朝食夕食に加え昼の弁当まで作ってくれるようになった。
いつだったかお互い仕事をしているし、作ってもらえるだけでありがたいから、弁当は残り物を詰めるだけでも構わないと言ったら、それでは自分が嫌なのだと言われた。
一日三食くらい違う物が食べたい。私、食いしん坊なのと笑窪を作った彼女が少女のように可愛らしかったことを鮮明に記憶している。

そのままダイニングの椅子に座りながら、彼女の料理している後ろ姿を観察する。
彼女は切り終えた鶏肉をガラスのボールに移し、包丁をシンクに置き、一旦手を洗っていた。
そして戸棚から幾つかの調味料と計量スプーンを取り出し、順にボールに加えていく。
塩胡椒、砂糖、酒、醤油、すりおろしておいた生姜とニンニク。
「明日は唐揚げか」
「あぁあ、明日お弁当を開けたときの楽しみが減っちゃったぁ」
「そんなことない。知っていても楽しみだ」
飲み終わったグラスをシンクに置くために、彼女のそばまで行く。
彼女は片手で器用に卵を割ったところだった。
「そういえば、久しぶりに会った後輩に変わらないと言われた」
「何、自慢ですか?」
ジロリと睨まれる。女性に年齢の話はタブーだと良く聞くが、彼女も例外ではないらしい。
彼女が俺より三つ年上なのことを本当はまだ少し気にしていることを失念していた。
「違う」
「じゃあ、なあに?」
「伝説では、東洋の人魚の肉を食すと不老不死になるらしい」
料理をするために髪を束ねて露わになった項を指で撫でる。
「お前は人魚か?」
そう問えば、卵を解していた彼女の手が止まる。
「…蓮二くん、もしかして結構酔ってる?」
「そうかもな」
少し呆れている彼女に構わず、後ろから抱きしめる。
台所で彼女に触れると大抵は危ないから止めてと怒られるが、今は火も刃物も使用していないから大丈夫だろう。
「蓮二くんは酔うと甘えん坊になるよね」
「そうか。それは知らなかった」
卵をボールに加えて一混ぜし、再び彼女は手を洗った。
「もうちょっと待ってて。これ片付けたら終わるから」
だから退いた退いたと濡れた手をタオルで拭きながら微笑む彼女は、やっぱり可愛らしかった。



「この脚は本物か?」
彼女のすべやかな内腿に口付ける。
彼女が片付けを終えるのを大人しく待ってから二人で眠る支度をして、同じベットに入ったのは十五分前だ。
「さあ、どうでしょう?でも−」
浅い呼吸の中、瞳を細めている彼女の姿を仰げば自然と自分に熱が籠るのを感じた。
「私が人魚だったら、蓮二くんにはお肉あげないかな」
「何故だ?」
彼女の手が伸びて、俺を呼ぶ。
導かれるまま口付ければ、彼女は満足そうに微笑んだ。
「…私、蓮二くんをそんな地獄に引きずり込むような女に見える?」
となら構わない」
「誘惑しないでよ」

「本当に連れて行きたくなる」
熱と欲で入り乱れる脳内が勝手な映像を再生し始めた。
彼女の声が彼方から聞こえる。そうだ。これは彼女に初めて出逢った日のことだ。
何故か彼女は全身を濡らし、浜辺に佇んでいた。
そうか、彼女は本当に−



限りある中で愛して欲しい、と彼女が俺に唄うように囁いた。









おまけ

「え?なんで初めて会ったときずぶ濡れだったかって?今更?」
朝の支度をしながら彼女に昨日の疑問を思い切って尋ねてみた。
「…う−ん…まぁ、もう時効ってことで話してもいっか。実はあの時元彼に貰った指輪を海に投げ捨てたのよ。ほら、よくあるじゃない?ドラマとか小説で、馬鹿野郎ーとか叫んでさ。でもやっぱり質屋に入れればよかったって思い直して探したんだけど、見つからなくて…気付いたら結構びしょ濡れで途方に暮れてたときに助けてくれたのが、蓮二くん」
予想外の答えに俺は固まる。
「あれ?本当に私のこと人魚だと思った?蓮二くんって案外ロマンチストよね」
そう笑って今日の昼の分の弁当を渡された。

そうだ、今日は唐揚げ弁当だ。