※若干不健全

「ほな、脱いで」
「ハイ?」
部屋に着くなり、彼が私に言い放った言葉が意味がわからず、素っ頓狂な声が出た。
「服、脱いで下さいって言ってるんです」
「ホ、ホワーイ?」
「アンタ言うたでしょ?俺が言ったこと何でもするって。それとも嘘やったんっスか?」
疑惑に満ちた目線が私を刺す。ただそう言ったことを嘘かと疑っているというより、私の彼に対する好意自体を疑っているような気がして、私はまた悲しくなった。
「嘘じゃないよ」
「せやったら、脱いで」

私の気持ちはどうやったら彼に伝わるのだろう。
服を脱ぐことで伝わるのだろうか。
私が立ち尽くしていることなど構うことなく、彼はカーペットのひかれた床に座り、雑誌をめくりだした。
意を決して、ベットに腰掛け靴下を脱ぐ。
履き口を重ねて折り返して、自分の鞄の隣に置いた。
「靴下、脱いだよ」
「いちいち報告いらないっスわ」
ハイっと力なく返事する。彼は相変わらず、雑誌を読んでいて、私などまるで見ていない。
私が熱烈な告白を三度して、やっと二人っきりで過ごすことを許してくれる関係にはなれたが、彼は一向に私に興味を示すことはなかった。
彼の部屋に入ったのも今日がはじめてだし、まして恋人同士がするふれあいを一切したことがないのにこの要求だ。
驚かない方がおかしい。

「ねぇ、まだっスか?早うしてください」
早くしろと言われても、困ったことに次脱げるのは驚くほどダサイデザインのワンピース型の制服しかない。
これを脱げば、一気に下着姿になってしまうため躊躇する。
アレ、今日どんな下着つけてたっけ?上下揃っていたっけ?そんなことが頭を駆け巡る。
胸元を少し指で広げて、自分だけに見えるように確認する。
そうだった、買ったばかりのやつをつけてきたんだったっと安堵した。
しかしその安堵もすぐにまたこの状況を思い出して消え去る。
こんな風に愚図愚図していると彼の機嫌を損ねてしまうかもれない。
息を飲み、恐る恐るワンピースの裾を腕をクロスにして持ち上げる。
背中のファスナーを下ろし忘れていたので、首のところでつっかえてしまって、慌てた。
ファスナーを下ろし、再びワンピースを持ち上げた。今度はすんなりと脱げた。
脱いだワンピースを胸元で握ったまま彼に声をかける。
「ぬ、脱いだよ」
チラリと目線が私を捉え、また雑誌に戻った。
「全部。全部、脱いで」
まだ許してもらえないらしい。
彼の部屋はクーラーが効いてて、下着以外身につけていない私には少々肌寒い。
ゆるゆると下着の肩紐を触る右手が震えているのは、その所為だと自分に言い聞かせた。
肩紐を下ろし、両手を背にあるホックに持っていく。
目を力いっぱいつぶる。一呼吸置いて、指に力を込めようとしたとき、その手を誰かの手が制した。
驚いて見上げるとそこには彼がいた。当たり前だ。だってこの部屋には私と彼しかいないのだから、誰かの手は間違いなく彼の手以外ありえない。
「もう、いいっスわ」
「な、ん、…で?」
力いっぱいつぶった目を開けてしまったため、目から涙が溢れてしまった。
「だって、泣くほど嫌なんでしょう」
違う、違うと首を横に振る。
「ちゃ、ちゃんとやるから…」
「もういい言うてるでしょ!」
彼の制止も聞かずにまたホックに手を持っていこうとすると、強い言葉で遮られた。
「…アンタ、何で嫌って言わへんねん。こんなことされて、俺のこと好きとかマゾちゃう?」
彼は俯いてしまったので、その表情は私には見えない。

「マゾかどうかはわからへんけど…私、やっぱり光クンのこと好きやから、光クンのお願いなら何でも聞いてしまいたくなるんよ」
私の言葉に彼は今日一番のため息をついた。そのままゆるゆると私の前に腰を下ろし、自分の頭を抱えてしまった。
「…ほんまにもういいんで、早よ服着てください」
「…わかった」
彼が頭を抱えているうちに、くしゃくしゃになって床に落ちたワンピースを拾って身につけた。
「…着たよ」
そう声をかければ、チラリと腕の隙間から瞳が覗く。
「靴下も履いて」
「ハイ」
折り返した履き口をとって、片足ずつ足を通す。
私はすっかり元どおりの私に戻った。
「履いたよ、光クン」
「…ウン」
彼は拗ねたような、しょげているような、そんな複雑な表情をしている。
本当は私、気づいてるよ。何故こんな風に私を試すようなことをするのか、何故わざと冷たく突き放すのか、何故最後の最後で優しさを見せるのか。そう言ったら、彼は間違いなく機嫌を悪くするはずだから黙っておこう。


「光クン、大好き」

「…知ってます」

だから、その代わりに自分の気持ちを躊躇わず極力シンプルな言葉で伝える。
意地悪で、臆病者な彼に何度だって言ってやる。
彼が白旗を上げて、私に降伏するそのときまで。