その日の夜、クラスの仲のいい女子と夏祭りにきていた。しばらくすると約束したわけではないが、これまたお祭りにきていたクラスの男子と合流した。そのままの流れで共に行動し、お祭りを十分に堪能したあとみんなで帰路につく。
またひとり、またひとりと別れ道にさしかかり、手をふる。最後に残ったのは私とブン太だった。
「あ゛ー暑い…なぁアイス食わねぇ?」
「いや、さっき散々食べてたじゃん」
「…食わねぇの?」
「…食う」
確かに家まではまだ少し歩かなければならない。胃袋はまったく求めていないが、身体がその冷たさを求めている。
ブン太の提案にのり、コンビニでアイスを買う。
「どっか涼しいとこで食わねぇ?」
「公園とか?蚊、いそう」
「あ、じゃあ−」


◇◆◇


「ねぇ…」
「…言うな」
「ねぇ、ぬるい」
「言うなって言っただろぃ!」
私たちは学校のプールに忍び込んでいる。水があるところなら涼しいのではないかという安直な思いつきだった。
サンダルを脱ぎ捨て、先に中に放り込み、フェンスを登った。そのまま裸足のまま脚を水つけてみるが、まったく涼しくない。
「誰よ。ここなら涼しいって言ったの」
「…お前だろ?」
「違うよ。ブン太でしょ」
「いや、先に言いだしたのはお前だろぃ」
「えー絶対違うし!…てかまぁ、もうどっちが言ったとかたぶんこの場合いくら言い争っても決着つかない気がするからやめない?」
「…おう。つかマジ暑いぃー外用のクーラーとか開発されないかな」
「よくておっきい扇風機じゃない?」
「えーそれなんか今使ったら生ぬるい空気がしかこなくてまったく涼しくなさそうなんだけど…」
「…確かに」
アイスもすでに溶けかけ、棒を伝って蜜が腕に流れる。
急いで食べ終わらせて棒と袋を片付けるために一度脚を水からあげる。素足で歩くアスファルトは夜でも暑い。自然と爪先立ちになった。
ブン太は何のためらいもなく自分の分のアイスのゴミを私によこす。一応受けっとたもののなんだか腑に落ちない。彼の背を睨む。
そんなことはつゆ知らず、ブン太は前にかがみになってアイスで汚れた腕を洗っている。少し押したら落ちてしまいそうだ。
イタズラ心が起きて、彼の背中を押すと思った以上にあっさり水の中に落ちた。

「お前なぁ!」
まさか本当に落ちるとは思わなかった。大笑いしてる私をブン太が睨む。
しばらくしてブン太がため息をついて、私に手を伸ばす。引き上げろと言う事らしい。落としてしまった手前、多少罪悪感はあったので素直にそれに従う。
ぐいっと力を込めようとした瞬間、下に思いっきり引きずられた。あえなく私もドボン。
身体が水に沈む。一瞬見上げた水面越しに歪な月が見えた。

「最っ悪!もう!信じられない!」
「バーカ、先にやったのはお前だろぃ!やられたらやり返す!それが俺のモットーなんでシクヨロ」
今度はさっきのまるっきり逆である。睨む私をブン太が指差しながら笑っている。
「あーてか、どうすんだよ、コレ」
それはこっちも同じである。どうやって家まで帰ろう。濡れて身体に張り付く髪と服が煩わしい。
でもなんだか楽しい。変なの。夜のプールで服着たまんま二人してびちょぬれで。馬鹿みたい。 暑さで頭がおかしくなってきたのかもしれない。こんな悲惨な状況なのに笑えるなんて。

ふと横をみると、ブン太が水を含んだ髪をかきあげていた。珍しくおでこが露出する。上を向いた顎から雫が首に伝う。
その姿に目が釘つげになって、胸が高鳴った。
そういえば月明かりしかないのに夜のプールは思ったより明るい。微かな月の光でも、私たちが起こした小さい波打つ水面に反射してキラキラ光っている。
その中に私とブン太と歪んだ月だけがいる。
本当は初めからわかっていたんだ。このメンバーで帰ったら最後は二人っきりになること。
こんな馬鹿げた提案にのったのも少しでも長く一緒にいたかったからだ。



私の視線に気づき、ゆっくりブン太が波を起こしながら近ずいてくる。濡れた髪が普段より長く見えて新鮮だ。
ブン太の顔からもさっきまで笑みは消えていた。豆だらけの硬い掌が私の頬にそっと触れる。
お互いの唇まであと三センチ。
「嫌だったら言って」
それはこの段階で言う言葉ではないだろう。この意気地無しめ。
そう思ったけれど、それを許せるほどに私はブン太の事が——

「嫌じゃないよ」



好きなのである。