うちの部は強いし、目立つ奴が多いからコートの周りにはいつだって声援をくれる女の子がいっぱいいた。
だから一年生の四月に同時に入部した女子マネージャーは10人近くいたはずだ。
しかしマネージャーは過酷な業務が多い割に報酬なんてないに等しい。
部員であればテニスができる、強くなれるという達成感があるがマネージャーにはそれがない。
だからみんな次々と辞めていくのだろう。そういえば部員と付き合って、別れたら辞めるなんて子もいたな。
だからこんなこと言ったら身も蓋もないが、“マネージャー”なんて響きはいいけれど所詮雑用係りだ。
そんな風に一年の頃の俺は本気で思っていた。
そして気付けば同じ学年のマネージャーは彼女一人になっていた。




「ずっと聞きたかったんだけどはなんでマネージャーになったの?」

二年生の秋、三年の先輩はもう引退していて、部室には部誌を書いてると俺しか残っていなかった。
マネージャーと部員という関係は意外と希薄なもんで、最近俺が部長になるまでは部活の事務的なこと意外は話したことがなかったような気がする。

「急にどうしたの?」
「いや、はさ明るいし、元気で、頭もいいだろう。だから自分自身の能力をもっと活かせる場所が他にもあるんじゃないかと思って」

この一年半でマネージャーに対する考えも改めた。というより彼女に対するといった方がいいかもしれない。彼女の様なマネージャーなら必要だ。
他のマネージャーが辞めるなか、彼女は変わらず、嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で、誰かに言われる前に気づき、素早く先を予想して動く。運動部マネージャーの鑑だ。
本来なら自分たちで行わなければならない雑務を一身に引き受けてくれている。
冬場の洗濯、夏場のコート整備、古い用具入れの掃除、エトセトラエトセトラ…
だから俺たちは自分の練習だけに専念できるのだ。華奢な彼女には似合わないが『縁の下の力持ち』という言葉がぴったりだ。
しかしゆえに疑問なのだ。確かにマネージャーに向いている、というかそれ以上の能力を持ってるようにみえてならない。
だからずっと不思議に思っていることを直接に本人に向けて口にしてみた。

「幸村くん、私のこと買い被りすぎ」
「そんなことないよ、みんな言ってる」
もうっと照れながらは笑った。それから少し考える素ぶりをして答えた。

「…幸村くんはさ、お花育ててるよね?」
「うん」
「ちょっとその感覚に似てるかも」
「え?」

は日誌を書いていた手を止めて俯いた。
今の俺の位置からだと表情は見えない、だからそれに付随される感情も読み取れない。

「…なんか気分悪くしたらごめんね」
「んー?どういう意味?じゃあ園芸部の方がよっぽど合ってるんじゃない?」
「え、なに、私辞めた方がいいの?」
アハハ、と普段の彼女らしくない乾いた苦笑いでこちらを向いた。
「まさか!今、君に辞められたら困るよ」
本当に今彼女がいなくなればたちまち部の活動は円滑に進まなくなるだろう。
よくよく考えれば意地の悪いことを言ってるなっと気づきばつが悪くなる。

「ごめん、急に変な質問して。さぁ、もう戸締りして帰ろうか」
話がややこしくなる前に切り上げようと腰を上げた。彼女も俺の言葉に小さく頷き、帰りの支度をしはじめた。
いつの間にか外が薄暗くなりつつある。部室をでると少し肌寒かった。部室の鍵を閉め、ブレザーのポケットに落とす。

「俺鍵、返してくるからさ、は暗くなる前にかえ…
帰りな。と言いかけて振り向くとは今にも泣き出しそうな顔で部誌を両手で抱きしめていた。
「私…さっきみたいな言葉が欲しかったの。誰かに、何かに、必要だって言ってほしくてやってるの」
ぽつりっと溢れるような言葉で、耳をすまさなければ聴きとれないような微かな、でも悲鳴に似た振動をそれに感じた。
「幸村くんには…わかるでしょう?」
彼女の言葉が一瞬にして俺の心に入り込んでくる。
それは勝たなければ、勝ち続けていなければ存在が許されない俺にも必要なものと同じだ。
草木は言葉にこそしてくれないが、実をつけ花を咲かせくれる。
自分の存在を肯定されたい。ここにいてもいいよと。どんな自分だったとしても、そこにいるだけで必要としてくれる存在があると思うだけで救われている。
繋ぎとめられている。許されている。そう思いたくて植物を育てている事に気づいて絶望したのはいつだっただろう。

「思い上がりだってちゃんとわかってるよ。でも勝手に思ってるのはいいでしょ…」
君はどんなものを抱えているのだろうか。その細い腕で抱えきれるものだろうか。
今までなぜ気付かなかったのだろう。確かに俺たちは同じ場所に同じ時を過ごしていたはずなのに。
「みんなには言わないでね。嫌われたくない…」
「言わないよ」



今まで見逃していた笑顔の裏側で震える君を俺だけが知っている。そのことに感じる仄かな優越感。
「二人の秘密にしよう」



もうあたりは真っ暗になっていた。

いくらか歪んではいるが、恋のはじまり、そう言いたい。