※不二くんサイテー

私の中に小さな女の子が生まれ育っている。彼女はひたむきに彼を見つめている。





「不二、いつか刺されるよ」
「んー護身術でも習おうかな?」
「いや、もっと根本的に解決できるでしょう」
「そうだよ!本当に好きな子以外と付き合うのやめればいいのに」
「じゃあ がボクと付き合ってくれる?」
「…絶対嫌。」
「そういうと思った」


先日、昼休み屋上で同じクラスの菊丸、不二、私でそんな会話をした。
私の親しい友人の一人、不二周助は学校一といってもいいほどモテるが男女交際のスパンは驚くほど短い。
典型的な『来るもの拒まず、去る者追わず』状態の彼は、告白される、付き合う、別れるを途切れることなくサイクルさせている。

だがそんなことを繰り返しておきながら彼は自分に異性として好意を持っている女性はもちろん、恋情の付き合いを許した女性でさえ蔑んでる節がある。
まぁ多少はわからなくもない。自分の周りで我先に、あの子より、と足を引っ張り合う姿はそれはそれは醜く恐ろしい。
そう思うものの彼が彼女らに心なく接するたび私の中の少女はいつか私もあのような目に合うのだろうかと震え上がるのを感じる。
そして嫌われたくない一心で必死に自分の身を私の中に隠すように普段は眠っている。

しかしさりとて独占欲自体はそんなに醜い感情なのだろうか。誰だって好きな相手には自分だけを見て欲しいと思ってしまうのではないのだろうか。
しかも仮にも付き合っいるのなら少しくらいその気持ちが相手に露見したところで、なんら罪はないように私には思える。


「まぁ不二もさ、はじめからあぁだったわけじゃないからさ。 は高等部からだから知らないだろうけど中学生の頃さ、…

不二が席を外したときにそっと聞いた菊丸の話によれば彼は現在同様中学生の頃もそれはそれはモテていたらしいが今とは違い、きちんと告白を断っていたそうだ。
ただある女子がそれを逆恨みし、その後結構揉めたそうで、それ以来フっても面倒フらなくても面倒ならこと流れ主義に落ち着いたらしい。
でもだからと言って今の彼の行動は不誠実すぎるのではないか。
私の中の女の子が恨みがましい目を彼に向けている。そんな義理はないはずなのに。







結果的にやはり不二は護身術を習っておくべきだった。







それはいつもと変わらぬ朝に起こった。
朝の登校時、教室や廊下は人の出入りで騒がしい。
自分の教室に差しかかると二つある教室の扉のうち前方を彼と女生徒が塞いでいるのが見えたので、私は後方の扉から教室に入り、自分の席に着いた。
何人かの友人に朝を挨拶をしつつも耳は彼と彼女の会話を探る。
どうやら不穏な空気だ。彼女の方は下をうつむいたまま泣いているように見える。教室内や近くの廊下の数人は既にそれに気づいているようで、私のように耳をそばだてている。
何もこんなところでしなくても良さそうな会話なのに。彼は彼女をほんの少しも気遣ってあげられないのだろうか。自分のことでもないのに悔しい気持ちになる。


「…少しくらいダメかな?今度の休みとか…会えたり、できないかな?」
「悪いんだけどその日は自主練する予定なんだ」
「…じゃあその次は?」
「んー、ごめんね、たぶん用事ができると思うよ」
「……私は不二くんの彼女だよね?」

懇願するように見上げた彼女の潤んだ瞳が見えた。はっと息を飲んだ。ギリリと奥歯が鳴る。胸が締め付けられる。彼女はまるで、未来の私の中の小さな女の子だ。
目が離せない。先ほどまでは盗み見ていた光景だったが、今はもう釘付けだ。

「そうだね。でも始めに言ったよね?『君のこと好きじゃないけど、それでもいい?』って」

彼のその諭すような物言いは、私の中に確実に爆弾を落とした。ぶわっと煙幕があがり、こめかみあたりが引きつる。
気づいた時には、私は男子が廊下でふざけてやるより粗めのプロレス技、ドロップキックなるものを彼の背中に食らわせていた。
彼はそのまま前につんのめり、片手を床について、私を振り返りパチパチと瞬きをして見上げている。黒い学ランの背中にはくっきり両足の裏のマークつきだ。


「そんなの許されるわけないでしょ!クズ!」

「なんの責任も義務も追わないで、相手の気持ち無視して自分のことばっかり!拒まなかったくせに、突き放すって何!」
「私だけを見て!私だけに独占させて!どんなものにも目もくれないで私だけを選んで!そうじゃないと許さない!って彼氏に対して思うことがそんなにいけないこと?他人の気持ちそんな風にぞんざいにしか扱えないなら一生独りでいろ!この男のクズ!」

はぁはぁっと一気に巻く立てるように叫ぶ。彼も彼女も、教室の生徒も廊下の生徒も時がとまっているように動くことなく私を見つめている。
その時丁度HRの始まりのチャイムが鳴った。その音で弾かれたよに時が動き出し、彼女は泣きながら駆けて行った。
それと同時にうちの教室には担任教師が入ってきたので、みんなどよめきながらも自分の席に着き始めた。

自分のしでかしたことに今更血の気が引いたものの、もうどうしようもできるわけもなく私も自分の席に着く。
私は悪くない。間違ったことは何も言ってない。と自身を鼓舞しながら先ほどから感じる斜め後ろの視線を気にしないように心がける。
ここで保健室などに自分から逃げたら、自分に非があることを認めているようだ。それは絶対にしたくない。

絶対にしたくない、が、身体が勝手に動いた。再びチャイムが鳴り、HRが終わると一目散にトイレへ走った。
後ろから禍々しい負のオーラが迫ってくる。たまらず振り返ると超絶笑顔の王子様がありえない速さで追いかけてくる。
廊下を猛ダッシュでの追いかけっこ。かなり目立っているに違いない。すぐにあれはなんだったのかと噂が飛び交いそうだ。
いや、しかしその前に私は「王子様をクズ呼ばわりした女」として間違いなく噂になるだろう。ならばもうここは走り逃げる方がよい。
懸命に走るが、所詮帰宅部。運動部の彼から逃げることなど到底無理な話だ。

「ご、ごめんなさい」
自分は悪くない、悪くないと念じていたのに、真っ先に口先からこぼれたのは力ない謝罪の言葉だった。

「それは何に対する謝罪?」
「少々の暴力と暴言に対する謝罪です」
「少々?まぁそうだよ。正しい主義主張こそ声を荒げてはいけないんじゃないかな」
「まぁ、でもあれが個人的な感情に由来するものなら多少は多めにみるよ」
やはり彼は私の中の女の子に気づいてる。薄々わかってたつもりだけど惨めで泣きたい。

「…場所を替えようか」
彼は私の手首を掴み、柱で影になっている場所まで連れてこられた。先ほどの場所より人目が避けられる。
私はこのまま折檻でもされるのだろうか。口元は笑っているものの、そのくらい彼の目は怒りを含んでるように見えた。


「僕も最近こんな感情を知ったんだ」
恐る恐る伺う向き合い見下ろされている顔は美しかったが、とても張り詰めていた。

「『私だけを見て。私だけに独占させて。どんなものにも目もくれないで私だけを選んで。そうじゃないと許さない』」
先ほどの私の叫びを彼はそのままつぶやく。耳を塞ぎたいが腕が彼に握られているので叶わない。

「折角気付かないフリをして逃げ道を用意してあげていたのに君は…」

そういって彼はため息をつき、次の瞬間自分の唇で私の唇を押し潰した。


「僕も許さないよ」


私の中の小さな女の子がにやりと笑い、雌に変わった。
そしてあっさりと私を飲み込んだ。