学校というものはどうして暗いだけでこんなにも不気味に感じるのだろう。
昼間は人の影と声で騒がしい反動か、静けさが悪目立ちする。
とにかく急いで自分の教室に向かおう。『廊下は走るべからず』とういう標語ギリギリの競歩で進む。
あぁ、三年生の教室は遠い。そしてのクラスのAクラスはその中でもこの階段からだと一番端だ。
恐怖心が自分の足の速度と同じ速さでついてくる。こんなときに限って何故か子供の頃に見聞きした怪談話が次々によみがえり、自分を追い込む。
あぁ、あぁ、怖い、怖い。お弁当箱忘れるなんて私の馬鹿野郎。
自分を罵りながらやっとの思いで教室まで辿り着き、忘れた弁当箱の袋を握りしめ後は帰るだけとほっとしたのも束の間。

ガラッ

「378’&(S)=A0DLSKJL^%%%%!!!!!」

突然自分の後方で教室のドアが開いて、大きな何かが入ってきた。
行きの正門から誰一人生徒とすれ違わなかったため、もう校舎には生徒は残っていないと思い込んでいたにとっては、それはクラスメイトと認識するより先に邪気を放った怪物にしか思えず、たまらず尻餅をつき叫び声を全身であげた。

「!!な、ど、どうした!」

急に叫び声をあげられた方もたまったものではなく、彼も身体を後ろに反らし身構えたはしているが、理性が勝っているようでの早合点とは違いきちんと人間に対してに応じた。

「さ、真田??」
「ほんとに真田??」

もややあってクラスメイトの真田弦一郎だということはわかったが、まだ納得いかない。
たまらず近づいてきた自分の目線上にある真田の膝を手の平で確かめるように軽く叩いた。

「何故脚を触る!」
「だって、真田は真田でも真田のおばけだったらどうしようかと…」
「そんなわけあるか!そもそもこんな時間に帰宅部のお前が何をしているんだ」
「いや…それが…かくかくしかじか…というかお弁当箱を忘れた次第でして…とってこないと明日の昼ぬきだってお母さんに脅されて…」
と不甲斐ない身の上の説明。さぞ彼には馬鹿らしかろう。そんなことで学校に戻ってくる羽目になったことも、ただの声に腰を抜かしていることも。

「真田はどうして教室に?」
お前が入ってこなければこんな怖い思いも恥ずかしい思いもせずに済んだものをという責任転嫁に他ならない気持ちを込めて彼に問いかけた。
「物音が…聞こえて」
「え?」
「物取りかもしれないと思ってだな…」
「いや、学校に泥棒って普通入る?てゆーか、それ本当にそうだったらどうする気だったの?」
「無論、捕まえて警察に連絡だ」
「…真田はすごいね」
真田の辞書には「触らぬ神に祟りなし」という言葉が載っていないのかもしれない。
自分だったら間違いなくそんな不信を抱いたら逃げるぞ。と思う。
真田弦一郎、君は本当に中学生なんだろうか。うちの生徒がみな一度は思ったことがあるであろう疑問をもこのとき心底感じた。

「それはそうと用事が済んだのなら、帰るぞ」
当たり前だ。こんな暗くて薄気味悪いところからは早くおさらばだ。
そう思い立ち上がろうとは自分の脚に力を込めたところで異変に気がついた。

「あー…真田って力持ち?」
「当たり前だ。日々鍛錬しているからな。それがなんだと…」
と言いかけ止めた。あははーやっちゃったーっと何故かまだ床に尻をついたままで苦笑いしているを見れば誰でも察せるであろう。



「すいませんねぇ」
「いや…まぁ、こっちも脅かしてすまなかった」
は今、真田の大きな背中で揺られている。先ほど教室で軽く診てもらったが、軽い捻挫のようで大事ないそうだ。
教室で診せてみろといっての脚を触ったあと、彼は急にすまないと帽子を目深に被り直した。そういう反応は普通の男子中学生だとは反芻した。

「本当は…」
「え?」
「本当は、お前らしき後ろ姿を見たんだ。だから教室へ向かった」
「あ、そうなんだ。でも、それでもなんで?」
「もし本当にだったらこんな時間だから送ねばと思ったんだ」
「ありがとう。でも心臓に悪かったから今度もしまたこんなことがあったらもっと遠くの方から明るい雰囲気で笑顔で話しかけて」
「努力はするが…もう忘れ物はするな」

「自宅まで送る」
「いや、いいよ。迎え呼ぶし。だっておんぶされて電車なんか乗れない」
「まぁ…そうか…」
「だからそこの門までで大丈夫だよ。でもありがとう」
その言葉のせいか、思いかけず密着した身体のせいか後ろから覗く彼の耳は大変赤い。
今日は怖い目にも痛い目にも合っているがこの眺めは悪くない。帳消しにできるほどではないが悪くないとはほくそ笑んだ。

真田はそのまま迎えの車が来るまで一緒にいてくれた。
そして怪我の経緯や詳細を詳しく母に説明し、こちらが送るろうかと言い出す前に一礼して暗闇に消えていった。

もちろん母は彼を教師だと思っている。