※長太郎視点

うちの学校は学年ごとに階数がきちんと分かれていて、普段はほとんど他学年同士が廊下などでいりまじることは少ない。
だから2年生の階に3年生がいると目立つのだ。さらに、それが先輩だとなおさらだ。

先輩!どうしたんですか?こんなとこで!」
先輩はそんな周りの視線などまったっく気にする素振りのなく、俺に気づくと手をぶんぶんと大きく振った。
「チョタ!ちょうどよかった!」
彼女は俺の教室の扉の前で何やら中の様子をうかがってるようだった。(その姿がまたなんとも怪しい。)
「ねー!ねー!ピヨの彼女!チョタと同じクラスなんでしょ!」
「あー!情報早いですね、先輩。」
あぁ、それでわざわざうちのクラスを覗きに来ていたのか。
そういう情報はものすごい早さで伝わるものなんだと改めて思った。
きっと自分も彼女ができたら同じ目に合うのであろうと思うと少し怖さを感じた。
「さっき忍足から聞いたの。てゆーか、やっぱマジなの?」
「あ、本当ですよ。(やっぱり出所は忍足先輩か。)」
「うわーマジで!ピヨに彼女とかめっちゃウケる!!」
それは日吉に失礼であろう、と苦笑する。
先輩はこんな風に基本的に誰に対しても、わりと思ったことをなんでも口にするようなイメージだった。
無邪気で少し(かなり?)わがままで自由奔放とはこういう人のことを言うのだろう。
そういえば、だから先輩は敵を作りやすい体質なのだと宍戸さんがあきれていた。
でも、どこか憎めないといった感じで俺は、なんだかんだ言ってこの人が嫌いではなかった。

「で、どの子なの?どの子?」
「えっと、あの窓際の…
「あの目がキツめの子?」
「違います、違います。その左奥の子です。」
「あぁ、あの黒髪の子?」
「それは、右です。そっちじゃなくて、逆側の茶色いロングの子です。」
「え?あの今、手耳にかけている子?」
「あぁ、そうです。その子、その子。」
「え?うそだー。えー?」
「?本当ですよ。」
「えー…意外。」
「なんでですか?」
俺からしてみれば、彼女は俺の想像する日吉に似合う彼女像ぴったりだった。
お淑やかで、真面目で、儚げで。少し、日吉には可愛いすぎるんではないかと思ったが、そこは置いておく。



「てっきりピヨはあたしみたいなのが好きなんだと思ってた。」
「は?」

「何やってるんですか?」

「あ。」
気づくと日吉がものすごい目つきで後ろにいた。
「挙動不審ですよ。それでなくてもあなたも鳳も目立つんですから。またろくでもないことでも企んでるんですか。」
俺もなの?えぇー?と抗議の声を出したら日吉にうるさいと言われた。
「失礼な子ね!別にちょっとかわいい後輩の始めての彼女がどんなもんかと覗きに来ただけじゃない!ねーチョタ?」
ねー。と同意の声を出すと、今度は無言で先ほどよりさらに睨まれた。

そんなことを日吉と2人でしてると先輩が俺のセーターの裾を引いた。
「ねぇ、ずっとこっち見てるわよ。」
「え?」
先輩が見ている教室に目を戻すと、俺たちから離れていたはずの彼女が近づいてきていた。
彼女も自分が知らないところで自分のことを話されているのは不愉快であろと思い、俺はなんだかバツが悪くて変な笑顔になっていた。
しかし、そもそも根源であるはずの先輩はいやに堂々と彼女を正面から見つめていた。

「日吉くん。おはよう。」
「あぁ。」

恋人同士にしてはなんて淡白なんだろう。いや、しかし日吉だし。まぁ、こんなものか。

「今、いい?」
彼女は俺と先輩を気遣うように目配せをした。彼女らしい仕草だなっと思った。
「あぁ。」
日吉は素っ気なく彼女に答える。
「今日ね、帰り待ってていいかな?あたしも今日ちょっと残る用事があって。だから…、
「残るって7時すぎたりはしないだろ?なら先に帰れ。」
「あ、…うん。わかった。部活がんばってね。」
彼女は何も文句も言わず、俺たちに(正確には多分先輩に)小さく一礼をしてから教室の隅へ返っていった。

「あーあーあー、あんたそんなんじゃすぐフラれちゃうわよ!」
「予鈴なりますよ。」
「感じわるーい。」
日吉はそう言って、スタスタと廊下を去って行った。
その後すぐに本当に予鈴がなり、先輩も自分の階へと戻っていったようだった。(屋上あたりにでもサボリに行った可能性も高いけど)
そんな後ろ姿を見送ってから、俺もまた休み時間のざわつきが続いてる自分教室に戻った。

「さっきは、そのごめんな。先輩が君のこと、その…知りたいって来てて。」
俺の後ろ席はちょうど日吉の彼女だ。友達の彼女ということもあってか、この席になってから割と彼女と話すようになった。
先ほどの弁解をしなくてはと、とりあえず謝ってみた。
「先輩って、先輩だよね?」
「あ、先輩のこと知ってた?」
「うん。だってすごく有名だもん。あの跡部先輩の彼女でしょ?」
「そう。あの跡部先輩の。」
俺はあののところを少し強調して言った。先輩も目立つけど、うちの学校で一番目立っているのは間違いなく跡部先輩だ。

「すっごく綺麗な人だからすぐわかった。それに…」
彼女の顔からすっと笑みが消えた。
「それに…」
「日吉くんを見てわかったの。日吉くんは先輩のことが好きだから。」
「え?何言ってるんだよ。あはは、日吉は、んー…どっちかって言うと先輩のこと苦手なんじゃないかな?」
事実日吉は先輩がいると必ず眉間に皺がよっていたし、極力避けているのではないのかとも思っていた。
厳格な日吉の性格では先輩の優柔な性格を受け入れることができなかったのであろうと考えていた。
だから、まして“好き”だなんてありえない。
女の子は付き合うと、とたんに嫉妬深くなるようだがこんなに清純な彼女でされ変えてしまうのか。恋というものは。

「“好き”って、日吉と付き合ってるのは君だろ?」
「“好き”なのと付き合うのは違うんだよ。」
そう言った彼女はびっくりするくらい怖い顔をしていて、驚いた。
彼女には全然似つかわしくなかった。

俺が驚いていると、先生が入ってきて、会話が強制的に終わった。
俺は彼女の発言が気になりながらも前を向き直り、授業を聞き始めた。
しかし、集中しようと思えば思うほど、彼女と日吉とそれから先輩のことを考えてしまっていた。
日吉がりん先輩のことを好きなんてことがあるんだろうか。
でもたとえ好きだとしても、先輩には跡部先輩がいる。あの2人は他のそこら辺にいるカップルとは違う。
『好き』だけでつきあって『嫌い』だから別れるなんて付き合いじゃなくて、もっと根本的に何かが違う。
跡部先輩が死ぬほど先輩にだけ甘いのは有名だ。しかし、俺はほんの少しそれに違和感を感じたことがあった。
甘すぎるのだ。怖いくらいに。それに先輩も跡部先輩の前だと妙なのだ。
妙とは雑な言い方だが、言葉ではどうしてもあらわしきれない不自然な空気が二人を包んでいた。それを絆というのかもしれないが、俺にはよく理解できない。
とにかく、誰かがあの2人の仲に割って入るなんてできっこなかった。鈍い、鈍いと言われる俺の目からもそれは一目瞭然だ。
だから、日吉も先輩をあきらめて別の子と付き合った?
そんなことあの律儀で真面目な日吉がするだろうか?やはり、どう考えても“日吉が先輩好き”説はただの彼女の妄想だろう。
俺は自分の考えに結論をくだし、再度授業に耳を傾け始めたがやっぱり集中できなかった。
ふと『女はみんな恐ろしい生き物だ。』という忍足先輩の口癖を思い出した。