いつからだろう。

目で追いかけるようになったのは。













今年の9月も例年の如く雨が降り続いていた。かくゆう私も少し憂鬱な気分で朝の満員の通学バスに乗っていた。

「あ、すんません。」

急に止まったバスの揺れであたしの足を踏んでしまった男の子が謝ってくれた。


「あ、はい、大丈夫です。」
いつもの私なら黙ってうなずくだけだったかもしれない。

でも今日は違う。


すぐに誰だかわかった。だってイントネーションが違うんだもん。
一つ上の忍足先輩。
先輩は普段ほんとは自転車通学なんだけど雨の日だけバス通学になる。
私と彼との接点はそれくらいだ。

彼を見つけると雨の日の憂鬱な気分が解消された。
そんな気持ちが少しずつ育っていることは自分でもわかっていた。





「………だからって言ってもね…。」

「ん?どうかしたの?」
前の席の鳳君がプリントを回すついで私の独り言を聞いてしまったらしい。

「あ、ううん。なんでもないの。」

「そう?ならいいけど。」
クラスメイトの優しい鳳君。知ってるよ。彼にもたくさんファンがいること。

知ってるよ。忍足先輩にもたくさんのファンがいること。




それでも。

それでもやっぱり………。







私のささやかな願い。

『明日も雨が降りますように。』





そう願ってもやはり降る日は降るし、降らない日は降らない。今日は快晴。
私の頼みなんて聞いてくれるほど神様は暇じゃないみたい。
もちろん朝のバスに彼の姿はなかった。



と、思ったのに………



降った。雨。しかも帰る直前。
傘なんて持ってるはずもない。
いつもなら誰か友達に入れてもらえばいいのだが、それも今日はできない。
運の悪いことに日直の仕事の後に担任に仕事を頼まれてしまい、待たせるのは悪いと思い先に帰ってもらったのだ。
もう携帯の時計をみると4時をまわっていた。
とりあえず屋根のギリギリある玄関で人を捜してみるが、この時間に帰る人なんて滅多にいない。絶望的だった。
そのまましばらくどうしようかと考えながら落ちてくる雨を眺めていた。眺めながら密かに思っている忍足先輩のことも一緒に考えていた。
なんでちゃんとしゃべったこともない人なのに好きになってしまったんだろう。
そもそも本当に好きなんだろうか。
ただ憧れてるだけかもしれない。先輩だし。うん、それなら納得できる。

本当に?

本当にそれだけ?





?」

「わっ!!!」

「っ!!びっくりしすぎ。俺の方がびっくりするって。」
後ろを振り向くと鳳君が立っていた。

「ごめんっ。全然気づかなくて。ぼーとしてて。」

「うん。しょっちゅうぼーとしてるよね。」

「え?うそ?いつもはしてないよっ!」

「そうかなー?そういうことにしとこっか。」
鳳君はなんだかおもしろそうに笑っていた。

「鳳君今日部活は?」
今日は火曜日。テニス部の休みは水曜日。
本来なら彼がここに制服姿でいるのはおかしいのだ。

「ああ、今日は特別。引継とかで今いろいろ事務的なことがあったから通常の部活は休みだったんだ。」

「そっかぁ…。」
なら、きっと忍足先輩は帰ってしまっただろう。
せっかく帰りに雨が降ったんだから会いたかった。損をした気分だ。



「今日午後からの降水確率80%だって。それにしてもすごい雨だね。」

「へぇ…」
降水確率80%なんて知らなかった。そういえば行きのバス数人傘持ってた人いたっけ。



「もしかしなくても傘ない?」

「え?なんでわかったの?」

「だって傘持ってないからこんなとこにいたんだろ?」
といいながら彼は紺色の大きな傘を上に上げて見せた。

「俺、折りたたみも持ってるから貸すよ。」
彼は上に上げた紺色の傘を私に差し出してくれた。



「今日傘持ってないのきっとくらいだからさ。」
また鳳君はおもしろそうに笑っていた。
鳳くんが笑うとなんだかこっちまで笑ってしまう。(からかわれてるのは承知です)





「お、鳳ーええとこにおったぁ!!!」

「っ!!!!!!!!!!!」

「あ、忍足先輩。どうしたんですか?」
なんとあの忍足先輩が私の方に向かってくる。(正確には私のとなりにいる鳳君の方。)

「傘忘れてん。2本とか持っとらん?」
そうなんだ。私とはまったく接点はないが鳳君となら同じ部活の先輩と後輩なんだから話てるのは普通なんだ。
さっきまで『同じクラスの鳳君』だった鳳君は『テニス部の鳳君』になっていて、これまた『テニス部の忍足先輩』と話していた。
なんだか不思議な話だ。と目の前で繰り広げられている会話を眺めていた。



「持ってますけど、今に貸す約束しちゃったんで。」

「え?」
急に会話に入れられてまたびっくりしてしまった。
鳳君は「またー」といいながら眉毛を下げて笑っていた。


「あっ!そうやっ!それなら、ちゃん相合い傘して帰ろかー!」

「えっ??」

「ちょっ!忍足先輩何言ってるんですかっ!」

ちゃん、ええよなー?」

「ほら、困ってますよ。折りたたみの方貸しますから、俺がと帰ります。」

「え?」

「鳳は駅ちゃうやろー。俺とちゃんは一緒やから俺との方がええやんなぁー?」

「え??え??」



「ほな、決定ー。」
と半場強引に私の肩を抱いて(緊張死するっ!!)鳳くんの紺色の傘であいあい傘をした。



校門を出てしばらく歩いて、あと少しでバス停だ。
(ちなみにここまでの会話で私は「はい。」しか言っていない)
この素敵で刺激的な時間も終わりだ。

「あ、ありがとうございました。あたしここからバスに乗りますんで‥‥えっと忍足先輩はどうしますか?」

「俺もうちょっとこの傘で歩きたいんやけど。」

「そうですか。じゃあお疲れ様です。」
何が『お疲れ様』なんだと自分でツッコミをいれたい。
あぁ、私にもう少し勇気と美貌があればここで下がったりなんかしないのに。



「んー俺はちゃんとこのままあいあい傘したいって意味で言ったんやけど。いや?」



その言葉で私の忍足先輩に対する思いがはっきり恋だと気がついた。





(「忍足先輩はなんで私と同じ駅だって知ってたんだろう?」)